オトナの責任!『ドリームキラー』にはならないぞ!

この歳になりますと(笑)
新しくお知り合いになるのはほとんど年下ですが、

子供が高校生と中学生ですし、
仕事や趣味を通じていろんな年代の人と接することもできるので
それぞれの感覚や考えを吸収できてありがたいです。
とても恵まれてます^^

 

そんな中、最近とみに感じることがあります。

 

私が20代30代の頃、ご年配の人たちはこんな風に見てたんだな〜。
ということ。

 

もちろん1人1人性格も個性も違うので
一緒くたにはできませんが、
年齢を重ねたなりの人の見方、と言いましょうか、
そんなものを感じるようになっています。

 


 
だからこそ、なのですが、
若い人と接する時に気をつけていることがあります。
それは、

 

絶対に否定しない!
 

ドリームキラーにならない!

 

ということです。


ドリームキラーの被害にあった者は、
ドリームキラーになりやすいことを知っているから。

 

壊された哀しみと苦しさも充分わかってるから。

 

わかってても、
無意識にドリームキラーになってしまってる人を
多く見てきたから。

(繰り返しますが、彼らもかつての被害者です)

 

そして、とてもとても辛いことですが、
私にもそういう素質があるということを理解しているからです(><;;)


うっかりするとすぐネガティブ寄りになってしまうので、
常に自分の発言には気をつけて、
失言だったかな!?と感じたら気づいた時点ですぐフォローするように心がけています。

(たった一言が致命傷になることだってあるのです!!)

 

 

もちろん、目をキラッキラさせながら
「オレオレ詐欺をやってみたいんですよね〜」
なんて言う若者には
「うん、その情熱を演劇にぶつけてみたらどうかな!?」
とアドバイスさせていただきますけどね。
(そう言う人に会ったことはありませんが^^;みんないい人ですよ〜!)

 

 

ドリームキラーについてとてもわかりやすいです↓

苫米地式ドリームキラーの意味と夢を壊されないための対処法3ステップ!

 

 

過去記事も良かったら読んでね^^↓
出る杭を打つ人(2014.04.14)
年配者と若者(2014.08.14)

世界はこんなにシンプルだったのか<その6>否定するなかれ(2017.10.13)

 

カテゴリ:ココロとアタマ | 11:10 | - | - | - |
人はなぜ、悩むのか・・阿修羅王が答えます

最近、歳のせいなのか(笑)
物分かりが非常に良くなって、
ブログを書こうとしても一周回ってしまうので困っています。

 

ネタを思いついても
全部


『諸行無常』『空即是色』

 

で片付いてしまうのです。


とはいえ、ブログを書くことで自分の考えがまとまるので
できる限りは続けたいと思います。
(・・元々自己満足日記だし、いっか(^^;))

 


というわけで。

『人はなぜ、悩むのか』

 

一言でいえば、

悩みたいから悩んでいる

 

だけです。

 

ほらね、一周回っちゃう^^;


(現実逃避ではなく、

極限まで現実を見つめたらこうなりました^^;)

 

 

とはいえ、悩みに悩む人は尽きないわけで、

悩みのスパイラルに入る苦しみはよく分かるので・・。

これヒントになるんじゃないかな?ってことを書いておきます。


『百億の昼と千億の夜』の阿修羅王が
本文中でさらっと言ってる一言が
本質をついてるので、引用します。

 

阿修羅王

 

 

「人間は孤独であるよりは

悪とともにあった方が

よいと見えるな」

 

 

(シッタータ太子=ブッダが、孤独の恐怖に耐えきれず、

とっさに阿修羅王=悪に助けを求めたことを皮肉ったセリフ。)

 

さて・・

あなたの『悪』は、なんですか?


『賢者の言葉』いきなり氷解(2018.05.21)

 

光がくっついてます(・・ただし条件付き)(2017.08.13)

 

 

カテゴリ:ココロとアタマ | 14:26 | - | - | - |
究極のバランス・・中庸のココロ

以下はあくまで私の考えで、
既存の教えや宗教などの見解とは違うかもしれませんが
まあ聞いてください^^;

 

前回の記事はこちら

人生は星めぐり・・全てが完璧(2018.09.28)

 

 

私が体験した『至福』の心境ですが、
これはもしかしたら

『中庸』と呼ばれる状態の最高形態ではないかと思いました。

 

 

人生というのは、
現象そのものではなく
考え方、あり方で変わります。
「その出来事をどう捉えるか」です。

 

楽観的に捉えるのか、悲観的に捉えるのか。
よく言われるのは、
コップの中にジュースが半分入ってたら
半分もある!と思えるか、
半分しかない!と思うのか、ですね。

 

今はポジティブ思考がもてはやされがちですが、
(自己啓発が流行ってるから^^;)


ポジティブも度が過ぎると
周りが見えなくなり、自分中心に物事を考えがちになるようです。
そうなると人の苦しみや悲しみに気付けなくなります。

 

ネガティブも言うまでもなく
度が過ぎるとやはり周りが見えなくなり、
自分中心に物事を考えるようになります。
人の楽しみに嫉妬したり恨んだりするようです。

 

 

ポジとネガの両方を知ることで、
人の悲しみがわかったり、
がんばってる人を応援したくなったりするのだと思います。

 

そしてポジとネガをうろうろしながら
だんだん中心に近づいてきて・・

 

陰陽と中庸

 

究極の中心、
一切のズレもない、


『陰』と『陽』の絶妙なバランスの上に立てた状態、
それが
『究極の中庸=至福』


なのではないでしょうか。

 

 

ちなみに私は、運転している時にいきなりこの状態になりました。
家に帰って一息ついた時に最高潮になりました。

つまり、
瞑想や苦行や特別な修行ではなく
誰でも日常から得られるってことかもしれませんね。
それを受け止めるかどうか、だけだと思います。


現代社会でこの状態を保つのは難しいでしょう。
世捨て人ならともかく^^;
(このブログをこうして書けているのも、
自分の中に『我』が戻ってるからです。不思議な感覚です。)

 

でも、この究極のバランスを知ったことで、
今後の人生において軌道修正しやすくなりそうです。

 


**
誤解されるといけませんが、
『中庸』と言うのは誰にでも優しくなるわけではありません。
むしろ逆ではないか?と思います。

カテゴリ:ココロとアタマ | 14:56 | - | - | - |
人生は星めぐり・・全てが完璧

不思議な感覚を体験しましたので
備忘録として残しておきます。

かつて生きるのが怖くて怖くてたまらなかった私がここまで来ました。
いずれ成長のプロセスとして誰かの研究材料の1つとなりましょう(*´ω`*)

 

 

数日前、
私は何かを達成するためにここにいるのではなく、
ただ体験するためにここにいるのだと気付きました。

 

何をしても達成感がなかったのは、
「過程」を楽しむことが人生の目的だからと気付きました。

 

そして、
今までの自分の人生、辛いことも悲しいことも含めて、
様々な体験をさせてもらっている今世に
深い感謝が湧きました。

 

 

今朝、
宮澤賢治氏の『星めぐりの歌』のメロディーが心に流れました。
そしてこんなことを思いました。

 

私の人生は星めぐり


いろんな星をおとずれて


いろんな経験を積んでゆく

 

目的の地はない


一瞬一瞬が全て完璧

 

ただ旅を楽しむのみ



これで私は、
「何かを成し遂げなくてはいけない」という欲、執着、
根深く重い重い鎖から
抜けることができたのかもしれません。

 

今まで生きてきて
自分史上最高に至福の心境が訪れました。


人生はカンペキだ。
今までもこれからも。
何も恐れるものはない。
生も死も、何も変わらない。
一切の未練も執着もなくこの世を去ることができよう。
感謝、ただただ感謝。

 

そして、目の前に広がる私の世界は
今までとは違ったものに見えました。


見慣れたはずの風景のすべてが
慈しみと懐かしさと新鮮さで溢れ、
不思議な感覚を覚えました。

 

また、新しい星に到着したのです。


=================

星めぐりの歌
宮澤賢治


あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の つばさ
あをいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。

 

オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす、
アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち。

 

大ぐまのあしを きたに
五つのばした ところ。
小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて。

=================


・・さて。

覚醒した人っていうのはいつもこういう心境なのでしょうか。
確かにずっとこんな感じだったら、
社会から離れて暮らしたくなる気持ちもわかります。
(社会の中にいる必要がなくなるからです)

 

とはいえ、子育て中のお母ちゃんが
ずっとこの心境で居られるのか。
私のことだからまたゆれるだろうけども(笑)
またそれも、
体験・実験なのだと、楽しんでいきます。

 


::

 


パセリはついにヤバい人になってしまったと思われるかもですが、
「日常を暮らしながら自然にいつの間にか成長している」

ってのが私の理想だったので
近づいてきたんじゃないかな?と思います。

現実にはちゃんと社会に関わってお仕事してる
子育て中のお母ちゃんです。

 

とはいえ、今もまだフワッフワしてるんですが。
仕事たまってるんですが^^;
フワッフワした仕事が出来上がったらどうしましょ(笑)

カテゴリ:ココロとアタマ | 15:49 | - | - | - |
ココロのエラー!まずは『異常事態』に気づくことの大切さ

魂の成長が何よりの報酬、
生涯修行のパセリです。(*´ω`*)

 

今まで右往左往しながら生きてきて、
「ここがいかんかった!」と思うのは、これしかありません。

 

『異常事態』に気づかなかったことです。

 

まず最大の『異常事態』(その1)は、

 

私は幸せになってはならない

 

という思い込みでした。
幸せになるのが怖い
とも言い換えられます。

 

今となってはこの思い込みは

自分だけならいざ知らず
周りにスゴーーーーーく迷惑!

ってことがよく分かります。

 

過去に何があっても、何をやらかしても、
人に何を言われようとも、

そんなことを思う必要はないのです。

 

重ねて言いますが、

幸せになっても良いんだよ♪

なんて、生易しいものではありません。

 

「私は幸せになってはならない」
ってのは、
周りにスゴーーーーーく迷惑なんです!!!

 

まずはこれを克服しないと何も進みません。

私もたくさん迷惑をかけてきました。

だからもう、こりごりです(><;;)

 

私は幸せになってはならない
と考えるのは、異常事態です。
コンピューターで言えば、エラー状態です。
正常に動作できるはずがありません。

 

異常事態に気付きましょうね^^

 

 

カテゴリ:ココロとアタマ | 15:24 | - | - | - |
豊川稲荷・・平穏の中で生きる喜び

9月13日、豊川稲荷へ出向きました。
雨予報でしたが、今回もやっぱり降りませんでした。

青空さえみえました。
(ちなみにこの日は一年で一番縁起の良い日だったらしいです。)

 

本殿でお参りし、霊狐塚へ向かうのが私の定番コースですが
今回、千本のぼりに入った途端、
なぜか涙が溢れて・・

 

なんていうんでしょう、懐かしさ?
ああよかった、

変わらずここに居る、ここに在る
という気持ちが溢れてきました。
狐たちもニコニコしているように見えました。

 

立て続けに、日本中で災害が起きました。
被害に遭ったのは私だった可能性もあるし、その可能性はこれからもあるのです。
こうして生きていること。
瞬間瞬間が奇跡の上に成り立ってるのかもしれません。

 

豊川稲荷霊狐塚


そして霊狐塚でベンチに座っていたら
観光の皆さんとガイドさんが入ってきました。
「この狐像は小さいもので●万円、大きいのは●万円で・・」と
案内をしていました。


いきなり?・・と少し苦い気持ちになっていたら

 

現世(目に見えてる世界)の話だろ。

 

と、浮かびました。
(これは決してガイドさんの説明がという話ではなく
そんな細かいことに、ん?と思ってしまった私への言葉です。)


他にもありますが、
総じて


我々はそんなことは気にしない。
(ふーん・・そんな細かいこと気にするんだ)

 

って感じでした。
私はまだまだ考え方が狭く硬いんだなと思い知らされました。

 


実は実は、
・・告白しますが、他にもお下品なココロが出てしまいまして・・

 

誰もいない場所でボーーっとするのが好きで、
特に霊狐塚では一切他の人がいない状態で
ボーーっとしたかったんですね。
しかし有名スポットだし、SNS流行りだし(笑)
平日とはいえなかなか人が途切れることはありませんでした。


そしてふと「一人になりたいのになあ・・・」と、思った途端、

 

それは我欲!

 

と湧いてきてしまいました。
そりゃそうですよね!貸し切ってるわけでもないのに。
きゃーーーーヽ(;▽;)ノ恥ずかしーーーー!

 

それでかどうかわかりませんが、
雨上がりで蚊がいっぱいで、
一人になれてもゆっくりはできませんでした^^;

 

つくづく、


人格とは『器』の大きさだなあ

 

と学んだ豊川稲荷参拝でした。

 

豊川稲荷霊狐塚

 

それにしても、
狐さんたちがいつも以上に優しい感じがしました。

私が勝手にそう思っただけなんですが(笑)

また頑張れます^^

 

(お稲荷さんは作法など色々と厳しい、とも言われてるみたいですが

そうなんですか????

だとしたら私は相当失礼だと思います・・・^^;;;;)

カテゴリ:ココロとアタマ | 11:22 | - | - | - |
シソの香りから目醒めたその世界

少しフシギな体験をしましたのでシェアします。

 

シソと覚醒と悟り

(画像はイメージです)

 

実家の父は趣味でレンタル農園で野菜を育てておりまして
父が不在の時は私がお水をまきに行きます。

 

父は野菜、母は花を育てるのが上手なのですが
私はそういうのド下手で、サボテンも枯らすほど。
見る食べるが専門です^^;;

 

ですので、最初の頃は畑に入ると
アウェーを感じましたが^^;;

さすがに何年も経って慣れました。

 

今朝も水やりに行きました。
いつも思うのですが、
小さな種がなんでこんなに大きくなるんだろう?
魔法のようだなあと
食べごろになった野菜を収穫しました。

 

帰り際、シソに気がついてハサミを入れました。

ぶわっとシソの香りがしました。

その時、


「やっとここまで来た」


という思いが湧き上がって来ました。
今までの自分を思い出し、涙も出て来ました。

 

帰りながら


「なぜ、生かしてくれるの。
人間は我欲で生き、他の生物を滅ぼしても平気でいる。
なぜ、私たちを生かしてくれるの。」


そう問いかけると、
こんな答えが返って来ました。

 

あなたがたも我々の一部だから


私は・・思わず崩折れそうになりました。

 

なんだろう、この感覚は。
言葉にできないこの感覚は。
というより言葉なんかどうでもいい。

 

でもブログにするには言葉にしなきゃいけないし
どうすれば(←この辺りが私の煩悩(≧ε≦o))

 

そして今、このブログを書きながら気づいたのですが、
シソって漢字で書くと『紫蘇』です。
でもパソコンでシソを変換すると

 

始祖

 

という漢字も出てくるのですよね。

 

今はここまで書くのに精一杯。
カーテンを洗って、
たまってる仕事をして・・
ああそうだ、図書館にも行かなきゃ。

今日も日常を生きて行きます。

カテゴリ:ココロとアタマ | 11:18 | - | - | - |
負のカルマ・・そもそもやらかしてない人はいるの?

怖い話かもしれませんので知りたくない人はスルーで!

昨日の記事の続きです。

 

あらまあ大変な家系に産まれてしまったのね!
パセリさんは過去生で散々悪どいことをやったのね!

 

って、思われましたでしょうか^^;

 

そうでもありそうでもないのかもしれませんが、
そもそも、何もやらかしてない人なんて存在するのでしょうか?

 

例えばですが、
酒を飲みすぎたとか、暴飲暴食で胃もたれしたとします。
市販のお薬をのみます。
スッキリ。胃もたれ治って良かったね。
でもそのお薬、
動物実験によって作られてますよね。

 

やむなく病気になったならともかく、
多くの動物が、ただ、人間の不摂生のために犠牲になってますよね。

 

それに気づかず薬を飲んでるだけで
随分な負のカルマを抱えることになりませんか?

 

って考えると怖いでしょ〜〜〜??

 

まあそれはさておき。(さておくんかい^^;)

 

私が以前、心身の勉強していたとこでこう聞きました。

 

加害者になる人は生まれ変わっても加害者で、
被害者になる人は生まれ変わっても被害者になる。

 

えええ!?
悪い行いをすれば因果応報で自分に降りかかるんじゃないの?


とびっくりしましたが、
・・そのほうが確かに、矛盾なくシンプルな気がしました。
(宗教ではなく量子物理学がベースだったので
そういう考え方になるようです。)

 

亡くなった時の個人の周波数が
次に生まれ変わった時にも受け継がれると仮定すれば、
(↑違ってたらすいません)
加害者が被害者に変わるなんて確かにおかしいです。

 

加害者も被害者も、
宇宙から見ればどっちが悪いという差はなく、
両方負のカルマを垂れ流すという意味で
どっちもどっちという扱いかもしれません。
(加害者がいれば被害者がいてその逆もまたあるのです)

 

そうだとしたら、
先祖代々の業って一体何?
って思いませんか?

 

自分はカルマを出すが引き受けない。
自分は人が出したカルマを回収する。

 

そういう役割というのもあるのではないかと思うのです。

 

私はかなり恵まれてる方です。
世の中にはとてもとても大変な思いで生きている、または
誰にも知られず名を残すことなく壮絶に亡くなってる人もいます。

 

本当に、その人、またはその人の一族が出したカルマなのでしょうか?
誰がそれを確認するのでしょうか?誰がどう反省するのでしょうか?

 

自分が出したカルマは、死ぬまでに全て本人が回収する。


それが人間にとっては一番幸せなシステムだと思うのですが
どうでしょうか。

過去生でやらかしたことなんて、覚えてるわけないじゃんね!( ̄∇ ̄;)

 

カテゴリ:ココロとアタマ | 21:03 | - | - | - |
ディスティニー(宿命)を乗り越えよう!

かなりハードな話を書きますので、
ヤバいと思ったら読まないでね^^;

 

先日、”ついうっかり”算命学や四柱推命のような
宿命系鑑定を受けてしまいました(そういうモノだと知らず、お付き合い的な感じで^^;)。

 

こういうのほんっとに気分が下がるので避けてたんです。

というのも、こういうので私の人生を見ると、
相当ハードなが宿命があるからです。


先祖代々の”業(負のカルマ、先祖がやらかしちゃった諸々の行為の代償)”を
これでもかと背負ってるので、
ぶっちゃけ、精神を病んで当たり前なレベル( ̄∇ ̄;)
つまり、


苦労するために産まれました、って感じなのです。

 

そういえばそうだったな〜><;

 

実は十数年前、人生のどん底にいた時に、
算命学(みたいなもの)に少しハマってた時期がありました。
最初はプロの方に鑑定していただきましたが
算命学は「学問」なので、勉強すれば誰でもできます。
私も独学で勉強して、そのプロの方の計算間違いを指摘するまでになりました。
(まあ生意気^^;
計算を間違うと鑑定結果が狂ってくるのです。結構有名な人でしたよ。
ちなみに今は全部忘れました^^;)

 

算命学になぜハマったかというと、
当たってるからです(T_T)
それはつまり・・

 

私の人生は産まれた時から決められちゃってて、
もう逃げられない

 

ってことに他なりません。

 

しかもその頃、四面楚歌状態。
発達障害の息子がいて、まだ乳飲み子の娘もいる。
私を本当の意味で理解してくれる人はいない(と思い込んでた)。

 

さあどうしよう。あなたならどうします?

 

私はこう思ったわけです。

 

なら、宿命をぶっ壊す!

 

あっ、ウソウソ^^;
そんな強いことを思えるようになったのはずっと後のことで、
ジダバタしてるうちに少しずつ上がっていったのです。
たくさんの人に助けられて、今があります。

 

私もなんでこんなウルトラスーパーハードな設定で
現世のゲームスタートしてしまったのか、
バカじゃないの??って思いますが^^;;

 

少なく見積もっても半分くらいは克服できてると思います。

 

なぜなら、

トマトくんもセロリちゃんも、
大きな怪我も大病もなく育っているからです。

 

子供達は私の家系、旦那の家系(こちらもかなりきつかったらしい^^;)、両方の遺伝子を持っています。
元旦那とは交流はありませんが、子供達にはしっかり”体質””性質”という形で
克服するべき課題として受け継がれています。

 

子供は、一族の結果を体現していると思います。
まだまだ克服しなくてはいけない課題ももちろんあるし
本人の意思もありますのでどこまでできるのかわかりません。

 

私自身が人として成長すること。
それが結果的に宿命を乗り越えることにつながっていると実感しています。

 

世の中には辛い宿命を抱えてる人はたくさんいるでしょう。
自分自身が(過去生で)やらかしちゃったことかもしれないし、
さらに上へ行くための学びのためかもしれないし、
余裕ができたので人を助けるためかもしれないし、
その全部かもしれないし・・
私にはわかりませんが、

 

自分の宿命を悲観しないで、
全部自分で選んだことだと思った方が楽です。
先祖代々の業、と言っても、もしかしたらその先祖は自分自身の過去生かもしれないのです。
誰のせい、何かのせい、って考えてると辛いだけです。

 

人類は最初はアダムとイブから始まってるんだから
(もしくは1人のアフリカ女性か宇宙人の遺伝子操作かなんでもいいんですが)
地球上全員と血がつながってるのです。
みんな一族です。
そう考えると何があっても連帯責任でしかないですよね。

 

とはいえ、きついです!辛いです!
どうしたらいいのか時々わからなくなります!

 

今、苦しんでる方々、
あなたならできます、とか、いうつもりはないです(じゃああんたできるの!?って思いますもん^^;)

 

でも、その宿命、


本当に必要ですか?

 

※全て乗り越えた暁には、
算命学は全部嘘でした〜!っていうことになるんじゃないかな〜って思っています(´ε`*)
とにかく、誰に何を言われても全てを信じず、

自分で考える余裕を持ちましょう!

 

解放・・そして自己責任100%(2018.06.18)

 

カテゴリ:ココロとアタマ | 11:38 | - | - | - |
夏至2018 〜3.11からの区切り〜

私にとって夏至は
命のことを考える機会になっています。

 

東日本大震災の起こった3月11日もそうです。

 

多くの人の”意識の変革”となった3.11。
過去記事にもなんども書きましたが私も同様に、
今ままでの、これからの、自分を見直しました。

再起業したので
ちょうど起業ブームに巻き込まれた形になって
いろんなものを見ました。
(本を一冊かけるほどのエピソードがあるんですけども。
「起業ブームの嘘」みたいなアオリでどう?
あっ、ウソウソ!書きませんよ^^;)

 

そして今日の夏至で一つの区切りになるのかもしれませんが、
振り返ってみて、
あの震災以降の7年、
世の中の流れはどうだったのか。
なんだったのか。

 

エゴ(我欲)出し

 

だったんじゃないか????と思いました( ̄∇ ̄;)

 

エゴを持ってる人はひとり残らず、です。
もちろん私もです。

 

今日の段階までで
どのくらいのエゴを認識できたのかが重要じゃないでしょうか。

 

二極化二極化、って言いますが、

 

自分の中に強い我欲がある(誰にでもある)ことを認識できた人

 

自分の中に強い我欲があるにもかかわらず、気づかずに我欲を出している人

 

そこで別れるんじゃないかな?と思います。
認識できれば生き方が変わるからです。

 

私にもまだまだ我欲はあります^^;
もし消えたら、こうしてブログを書くこともなくなるでしょうね。
ほどほどの我欲は人生を楽しむために不可欠だと思います。
気づかないことが問題なのです。

カテゴリ:ココロとアタマ | 11:39 | - | - | - |
<< | 2/10PAGES | >>