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世界はこんなにシンプルだったのか<その1>

先日、1年ぶりに豊川稲荷に一人で行き、

霊狐塚で千体の狐に囲まれながらベンチに座ってぼーっとしていました。

 

(↑これは昨年の10月に撮影しました)


サラリーマン風の男性たちや若いカップル、女子グループなど、
入れ替わり立ち代わり参拝していました。
すると「こんなにいると怖いよね」という声が聞こえてきました。

 

私はここが大好きで、心がクリアになる感じがするし、
狐たちも全部表情が違って愛嬌があって面白いと思うのですが
怖いと感じる人もいるんですね。
(もちろん私も畏敬は感じますので、
さすがに狐たちを撫で回したりなどはできませんが・・^^;)

 

知れば知るほど、
世の中が矛盾だらけなのがずっと謎でした。

正直いって、知らないほうが幸せなことって沢山あります。
でも知ってしまったらもう戻れません。

 

これは私が子育てを通じて感じたことですが、
世の中が「複雑すぎる」ことが全ての原因なんだろうな、と
考えていました。

なんでわざわざわかりにくくしているのだろう?
もっとシンプルにできる方法が必ずあるはずなのに・・
と。
(とはいえ複雑に捉えているのは他でもない「私自身」と言えるのかも知れませんが。)

 

そして、
シンプルな答えが湧いてきました。


太陽は全ての人に光を送っている。

 

受け取るか、受け取らないかだけ。

 

 

なるほど!
つまりこういうことですね、

 

善人・悪人の区別はない。
光を受け取るのは、
その人の「器」のみ。


そう考えると、
世間(道徳教育、宗教、日本昔ばなしも含めて)では
人格を磨き”善く生きる”ことが良いこととされてますが
そう生きたとしても
必ずしも幸せになれるわけではないと言う現実は
全く矛盾がありませんね。
法を犯すような悪人でも
器が大きければ裕福になれるわけです。
(注:”光”とは、”富”だけのことではありません。)


これは、国、能力、才能、などなど一切関係なく、
全てに当てはめられるシンプルな真理ではないですか?

(知ってる人は当たり前のように知ってることなんでしょうけどね^^;

ただ、これは諸刃の剣なので黙ってる人も多いのかも・・。)

 

そして、これが一番大事なのかなと思うのですが

 

 

誰かを傷つけてしまった、

迷惑をかけてしまった、
という罪悪感に苛まれていたとしても

 

光を受け取っていい

 

もちろん受け取らなくてもいい

 

あなたが受け取ろうが拒否しようが同じこと。

光はいつも見境なくたっぷり送られている。

 

 

この日は本当に雲ひとつない秋晴れで、
眩しく美しく暖かい光を浴びながら帰路に着きました。

 


★じゃあ、悪いことをしていても「器」を大きくすればいいんだよね、
品行方正に慎ましく生きてくのはバカみたいじゃん!
と思われるかも知れませんが、
まあ・・そうともいえるかもしれませんが^^;
やっぱり”人格を磨いた方が良い”理由があります。(これは次回に)

 

(補足)
本当は「善悪」を区別することは我々にはできないのです。
国や環境が違えば「善悪」基準は違うし、
各家庭で”我が家独自のルール”があったりします。
誰かの勝ちは誰かの負けだし、
良かれと思ってやったことでも
受け取る人にとっては大迷惑ということも普通にあります。
だから、人間社会には”法律”が存在するのでしょうね。

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