『死にたい』気持ちの正体

ショッキングな題名ですいません。
デリケートな話なので不謹慎に思われないかと
書こうかどうしようかすごく迷ったし、今も迷ってるのですが
もしかしたら知らない誰かの役に立つかもしれませんので
書くことにします。

 

本当に本当に辛い思いをして、追い込まれて、逃げ場がなくて、
そういう気持ちになってしまう場合もあると思います。


それは周りがどうこう言うことではなく、
”本人はそれだけ辛い”ということは理解しているつもりです。

淡々と読んでいただけますようお願いします。


これもまた、詳しくはかけないので要点だけ書きます。

 

 

先日夢を見ました。

 

『死にたい』という気持ちの正体について、
こう教えられました。

 

  それは菌です。
  『死にたい菌』です。

 

そこで、はっ!と目が覚めました。まだ夜中でした。

 


私はいつも
『それは自然界に存在するのか?』と考えるのがクセになっているのですが、

 

どんな生物も『生存本能』があって、
「生きたい!」は当たり前にあるけども
「死にたい!」ていうのは人間にしかないんじゃないかな?と思いました。

 

おかしいですよね。

生物として考えた時に、
「死にたい」っていう気持ちは摂理に反してます。

でも、実際に存在してますよね。

 

これもエラー状態の一種なのかな、
菌・・つまりそれ自体が病原菌みたいなものなのかな。
(それで、昨日書いた”心配”の正体のことを思い出しました。)

 

そこでふと、気づいたわけです。

あれっ?『菌』?
『ウィルス』じゃなくて、『菌』?

 


【ウィルス】

自分で細胞を持たないため、人の細胞に寄生して生き、増殖する。
(日本の風邪の主な原因です。ちなみに抗生剤は効きません。)

 

【菌(細菌)】
これ自体が小さな生物。栄養源があれば増殖できる。
(病気を引き起こす菌もあるが、もともと人体には多種類の菌がいる。納豆菌など有益な菌も存在する。)

 


もしかしたら

 

『心配』などの想念の塊は人間にべったり寄生するので
”性格”や”個性”となって遺伝子とともに受け継がれる。

 

『死にたい』というような自然界にない思考は
栄養源(思い煩いなど)がなくなれば出てこない、または死滅する。


ってことなんじゃないでしょうか。
(人体にも、普段は悪さしないのに免疫力が落ちてくると
病気を引き起こす菌がいますよね。)


何れにしても、
ウィルスだって菌だって、「生きたい」本能で動いています。
『死にたい』という気持ちは自然界に反しているということが
おわかりいただけるでしょうか。

 

つまり、

『死にたい』という気持ちは


もしかしたら自分のものではないのではないか?

 

と疑ってみるのも
良いのではないかと思います。

 

カテゴリ:ココロとアタマ | 15:37 | - | - | - |
『心配』の正体

ずっと前の話。
あんまり詳しくは書けないので(笑)要点だけ書きます。

 

 

『心配』の正体を見ました。

 

心配の正体

 

白いケムリみたいで、ふわふわと漂ってる。
(いわゆるオバケとかじゃなくて、エネルギー体だと思います。
子供の時にそういうの見たよ!って人は結構いるんじゃないかな?)

 

「しんぱいだーしんぱいだー」って言ってるだけで、
(言ってる、っていうのも変だな^^;;)

 

何も考えてない、というよりも
思考も、感情も何もない。

 

ただただ、”想念”のかたまりのようです。


それに気づいて、

 

なるほど・・・


”やたらに心配する人”っていうのは、

こういうのがべったりくっついてるってことなんだな。


とわかりました。

 

なんとかしたい、とか、救われたい、なんて
思わないはずだよね・・。
思考がないんだから。


「救われたい」は尊い気持ち(2019.06.02)

 

 

何か原因があって心配する、ってのは普通のことだけど、

 

”ただただ、心配したい”だけ・・

 

そして
人間の脳は、理由をつけたがる。

 

まず心配して、その理由を探し出す。

 

こんなヘンテコなものがくっついてたら、
そりゃそうなりますよね^^;;

 


人はなぜ、悩むのか・・阿修羅王が答えます(2018.10.15)

 


もし「ネガティブな現実歪曲」の人なら、何も問題のないところに
わざわざ心配のタネを生み出してしまうかもしれない。
だって、とにかく”心配したい”んだから。

 


これってなんだかウィルスみたいだなー・・

 


まあ信じるか信じないかはあなた次第の世界なのですが、


なんでか知らんけどすぐに心配になりがちの人は、
こういうヘンテコなケムリがくっついてる、

ってことを念頭に入れておくと良いと思います。


(実はこの話と先日の少々ネガティブなお話は、次に書くお話のフラグになっております。
とはいえ、私のことですのでまたビビって消すかもしれません^^;)


心配(2018.02.23)

 

カテゴリ:ココロとアタマ | 15:43 | - | - | - |
『大丈夫』の意味〜子育ての想い出〜

カーラジオからRADWIMPSの『大丈夫』が流れてきました。

 

君を大丈夫にしたいんじゃない

君にとっての「大丈夫」になりたい

 

っていい表現だなあーって思いました。

 

 

そして、助手席に座ってるトマトくんをちらりとみました。


私は子供たちにとって「大丈夫」であるだろうか?

 


トマトくんが2歳前後のころの話をします。

 

今となってはそんなこともあったな〜という程度ですので

あんまり重くは受け取らないでくださいね^^;;

 

 

その当時、トマトくんは寝付くまでの時間が長くて
疲れるまで大声で泣きわめくことが多く
その間ずっとあやし続けていました。


雨が降っている日は一日中泣きわめくこともありました。
だからトマトくんが寝ている間は家事をする貴重な時間でした。

 

やっと昼寝してくれて、
さあ家事をしなくちゃ・・と立ち上がった途端に玄関のチャイムがなりました。


開けると、英会話教材のセールスの女性でした。

女性はテンション高く明るい声でまくしたてます。


私は慌てて、
「すいません、いま子供が寝付いたところなので・・」と言うと、
女性は、あっすいません、と声のトーンを落としながら長々と説明してきます。

 

お近くの会場で体験教室がありますのでぜひ来てください、
と言われたので
「言葉が出ていないので無理だと思います・・」と言うと
そうですか、でも歌や手遊びもあるので楽しいんですよ!
サンプルCDをお配りしてるので、
ここにお名前と電話番号を書いてください
と紙を渡されました。

 

当時の(というか最近まで^^;;)私は断るということがとても苦手で
とにかくその場をやり過ごしたかったので
電話番号を書いてCDを受け取ってしまいました。

 


その後、トマトくんが起きた時に
試しにCDを聞かせてみましたが
案の定、まったく興味を示しませんでした。

 

数日後、女性から電話がかかってきました。

開口一番、

「お子さんでも大丈夫ですよ!

0歳クラスで体験教室に参加しませんか?」

 

・・・その時、はりつめていたものが
プチッと切れました。

 

「何が大丈夫なんですか?」

 

女性は、は?・・と意外な反応に戸惑ってる様子でした。

 

「うちの子は0歳じゃないです。でも言葉が出ていないんです。
わからないんですか?

とにかくうちの子には無理なんです。参加できません、お断りします。」

 

そう言うのが精一杯で、
静かに電話を切りました。

 

24時間、365日、
ずっと手のかかる息子と向き合うのは私であって、あなたじゃない。
慣れない場所で息子がどうなるのか知らなくて
何が「大丈夫」?

 

そしてトマトくんを抱きしめながら
この子が悪いんじゃないのに!トマトくんは何も悪くないのに!
と号泣しました。

 


その後・・ いろいろあって疲れが重なってたんでしょうね。
私はしばらく心療内科に通うことになりました。

 

 

これを読んで、理解できる人と全く理解できない人がいると思いますが、
まあ・・追い込まれてる時ってこうなんですよね。


ズカズカくるセールスの人たちにはずいぶんイヤな目にあいました。
そういえば宗教のしつこい勧誘もあったなあ・・(;_;)

 

今でこそ発達障害の理解はだいぶ進みましたが、
当時は一般の人々にはほとんど理解されず、誤解だらけで、

 

私にかけられる数々の「大丈夫」は
「突き放し」や「無責任」
に感じていました。


めんどくさい!理解できないしたくない!こっちに振るな!
という思惑が見え隠れしているように感じていました。
(全部とは言いませんが、今、振り返ってもやはりそうだと思います。)
だから長い間「大丈夫」という言葉がキライでした。

 

<軽度発達障がい児の母、語る その7>「乗り越える」って何?(2013.05.09)

 

 

「大丈夫」って言葉は、気軽に使いがちですが
悩んでる人には傷つく言葉になる場合があります。


その人の抱えてる悩み、苦しみを充分理解しているとか、
具体的な手助けをしているとか、
自分もそれを体験して、なんとかなった経験を持っている上で
かける言葉であるならば励ましになります。

 

そうでないなら、
一体どういう根拠があって大丈夫なの????と思うのも当然だと思います。

 

もっと前向きになって欲しいなら、

本当に相手を思いやるなら、

違う言葉の方がいい場合もあるんじゃないでしょうか。

 

 

そして冒頭に戻りますが、

 

私は子供達にとって「大丈夫」であるだろうか?

 

大丈夫 にすることなんてできません。

例え親子であったとしても、人の人生を操作することなんて

できるはずもないのです。

 

でも、大丈夫である ことはできるかもしれません。

 

子育ては、子供が成人するまでどうなるかわかりません。

 

子供達が
まっすぐ大人になれた時に
やっと私は心から

 

「大丈夫でした!」

 

と言えるのかもしれません。

 

 

母子家庭で発達障害児の母としての生き方とは。(2017.03.02)

カテゴリ:軽度発達障がい児の母、語る | 15:38 | - | - | - |
脱プラでゼロ・ウェイスト!知恵と体験から優しい地球環境へ♪

前の記事はこちら↓

プラゴミ問題!家庭から優しい地球環境へ♪(2019.11.18)


具体的にどうすればいいの?
この文明社会に、ゴミを出さずに生きるなんて無理じゃないの?


という疑問に、
できるんだ!
と、目からウロコが落ちた本がこちら!

 

『ゼロ・ウェイスト・ホーム』

ゼロ・ウェイスト・ホーム

 

著者のベア・ジョンソンさんはアメリカ在住のフランス人で、子育て中の主婦。
ご主人の仕事の成功でセレブ的に大量にモノを消費する生活をしていたのですが
「これはおかしい」と気づいて、
ゴミを出さない暮らしをするようになったそうです。


基本は”持続可能・再生可能”なものを使用し、使い捨てのものは持ち込まない。

 

ゴミは全てコンポストで土に還す。
土に還らないものは持ち込まない。

 

買い物は、袋やビンを持参して店員さんに詰めてもらう。

プラ包装に入ったものしか売ってなければ定員さんにお願いする。
または可能であれば自分で作っちゃう!(手作りマスタードなどなどレシピもいっぱい載ってます♪)

 

食材だけでなく、シャンプーなどの日用品、化粧品、衣類、
学校からの配布物にどう対処するかなどなど。

 

何年もかけて様々な実験と挑戦を重ね、
結果的に1年間でビン1個分のゴミしか出さない程になったそう(@_@;)

 

ゼロ・ウェイスト・ホーム

 


今までも、断捨離、ミニマリスト、シンプルに暮らすなどなど
ライフスタイルに関する本はたくさんあったと思うのですが、
ちょっとこの本はレベルが違うというか、
とにかくハンパない。

 

しかも、面白いアイデアがいっぱいで、とっても楽しそうなのです!


いや・・日本では無理でしょう?
こんな時とか、あんな時はどうするの?
友達がプラ包装されたお土産を持ってきたら?
経済が回らなくならないかな?

 

そんな疑問、私も持ちましたが
全部この本に答えが書いてあるのです!

(多分、いまあなたが思い浮かんだ疑問は全部書いてあると思います。

それぐらいこまやか。これは体験した人にしか書けないやつですね〜)

 

それに、この本に書かれていることは

ちょっと昔の日本なら普通だったことのように感じます。

 

やろうと思えばできるってことなんですね。

 

とはいえ、今は消費社会。

なかなか難しいのは事実です。
自然食品の店でも食材はプラ包装されてるし、
量り売りの店まで行くのに車で1時間かけてしまっては本末転倒^^;

 

でも例えばいつものパン屋さんで、持参した布袋に
「これに入れてください」っていうことくらいはできるなーって思います。

 

え〜〜・・めんどくさそう・・
と思った方!
こちらの本がおすすめです!

 

『ゴミ清掃員の日常』

ゴミ清掃員の日常

 

私たちが出したゴミがどのように回収されているのか、
どのように処理されているのか、
マンガなのでとてもわかりやすいです。
命がけの仕事なんだなあ・・と知ると、
ゴミを減らそう!とか、せめてきれいに出そう!とか思えるかもしれません^^

 

↓カバーをめくるとこんな絵が。ちなみに裏は・・^^;;

ゴミ清掃員の日常

 

幸い、企業やお店側の意識も変わりつつあります。
きっとこれからは、ゴミを出さない生活はもっと簡単になる!

と期待しています♪

 

★別にプラスチックが悪いわけじゃないんです。

 最初はより良い生活のために作られたはずなんです。

 でも残念ながら・・便利すぎちゃったんでしょうね・・。

 私たち一人一人の責任です(><;;)

カテゴリ:ザレゴト・ヒトリゴト | 20:18 | - | - | - |
プラゴミ問題!家庭から優しい地球環境へ♪

以前、こんなことを考えていました。

 

どうしてゴミをポイ捨てできるんだろう?
しつけの問題?いやいや、公共の場所を汚さないのは人として当たり前の倫理じゃないの??

 

『ゴミをポイ捨てできる人』と、
『ゴミをポイ捨てできない人』。
この差って何?と考えて、
私なりに答えは出ているんですが

 

甘かったのですヽ(;▽;)ノ

 

(画像はイメージです)

 

ふと気づくと、家の中はプラゴミだらけ。
そうです・・食材や日用品のほとんどがプラスチックで包装されており、
それを買っているのです。

 

私は『ゴミをポイ捨てできる人』と

何ら変わりはないんだ!と

気づいてしまいました。

 

ちゃんと分別してるよ!
という人も多いと思うのですが、

甘いです。角砂糖のハチミツかけくらい甘いです。

 

自分が出したゴミがどこへ行ってどうなってるのか。
把握できていますか?

 

今、問題になっているプラスチックゴミ。
プラスチックは自然に還らないので、土に埋めても海に流してもそのまま残ります。
焼却にはものすごいコストと、大量のCO2を排出します。

 

リサイクルすればいいじゃないの?そのために分別してるし。
と思われるかもしれませんが、


すでにリサイクルできるようなキャパを超えてしまって
プラゴミは行き場をなくしているそうです。

 

日本はプラゴミの発生量が世界第2位

だそうで、
「今のままではいけないと思います。だからこそ日本は今のままではいけないと思っている」
とか言ってる場合じゃない。
(今まで経済優先でグチャグチャにしておいて、巨大な負債を若手に押し付けるのも本当に酷な話!
こんなセリフが出るのも当たり前ですよ。負けずにガンバってほしいです。)

 

プラスチックで包装された商品を買うということは、
企業やお店に対して、これでOK!と意思表示しているということになります。

 

私は行き場のないゴミを増やしていますが何か?と言ってるのと同じなんですね(><;)

 

じゃあ具体的にどうすればいいの?
この文明社会に、ゴミを出さずに生きるなんて無理じゃないの?
という話なんですが・・
(長くなるので続きます♪)

カテゴリ:ザレゴト・ヒトリゴト | 11:26 | - | - | - |
企業とSDGs!経済から優しい地球環境へ♪

異業種交流展示会「メッセナゴヤ」へ行ってきました。

 

 

ビジネスマッチングというよりは見聞を広げに、

というか物見遊山ですが(笑)
大小問わずいろんな企業(今年は1400社)が出展していて、結構面白いのです。

 

毎年ひとりでぶらぶらしていましたが
初めて息子を連れて行きました。
様々な企業を見て、進路の参考にしてもらうためです。

 

土曜日に行ったので、
学生らしき若者がたくさん来ていました。
驚いたのは小さな子を連れたファミリー層も多かったことです。

 

確かに、小さいうちからどんな仕事があるのか、
どんな企業、製品があるのかをリアルに知っておくことは大切です。
大人はすぐに「将来何になりたい?」と聞きますが、
どんな仕事があるか教えもせずに聞くので
子供達にとってはいい迷惑だと思います(笑)

 

うちももっと早く連れてくればよかったなー。

 

様々な企業や団体の方からお話を伺い、
息子も大変勉強になったようでした。

 

 

そして今回のもう一つの目的は、
環境に配慮した取り組みをしている企業がどのくらいあるのか

知りたい、ということ。

 

 

やはり、SDGsを掲げている企業がポツポツありました。
昨年まではほとんどなかったと記憶しています。

 

SDGs(持続可能な開発目標)

 

おそらくはまだまだ
”企業イメージとして”という印象もありますが、
本気で取り組んでる企業もどんどん増えているようです^^

 

環境に配慮した取り組みをすれば無駄なものは作られなくなります。
そうなれば、人材確保の必要がなくなり職を失う人も出てくるかもしれません。

 

環境保全と雇用のバランス。
そこは本当に難しいところですよね。

 

先進国に住む私たちは経済とともに生きるしかないのですが、
(ニートだってホームレスだって流通された弁当を食べるでしょ^^;;)
どんな経済も、

土と、水と、空気、そして人

それらを大切にしなければ成り立たちません。

 

地球に優しい企業を増やしていくのは、
私たち一人一人の意識です。


誰ひとり部外者はいないのです(´v`)

なんてことを再認識したメッセナゴヤでした♪

カテゴリ:ザレゴト・ヒトリゴト | 15:44 | - | - | - |
やっぱり母は強し!子育てしながら優しい地球環境へ♪

5月にイベントを主催したことを書きましたが、

 

やってみる!全ては体験、そして成長(2019.06.07)

 

この時、
優しい地球環境を求めている人がいっぱいいて
優しい地球環境のために動いている人がいっぱいいる

と知ることができました。

 

これは本当に嬉しいことでした。

 

同時に、私って結局何も知らないんだな〜、上っ面の知識しかないんだな〜
ってことを感じてしまいました^^;;
知れば知るほど無知を知る、ってやつですね。

 

 

また、

地球環境に優しくってことはよくわかるけど
具体的にどうしたらいいのかわからない

という人もいっぱいいたようでした。

 

そうなんですよねー・・。
このブログでもちょくちょく書いてますが、
本当に地球に優しい生活を望んでいても、
文明社会で生きる限りはどうしても無駄な消費をしなくてはいけなくて、
そこにジレンマがあります。

 

子育てをしてると特にそうです。
うちは質素な生活をしているつもりですが、
それでも数年しか使わない学校指定のあれ買えこれ買え攻撃もあるし、
環境に優しい洗剤は白い靴下は白くならない^^;

 

ぶっちゃけ、きれいごとだけでは残念ながら生きていけないのです。

 

人里離れた場所に隠居できれば楽なのかもしれませんが、
そうもいかないですしね(>_<;)

 

 

とまあ、そんな制約の中、
本気になれる人はやっぱり
子育て中のお母さんたちだなーって感じます。

 

「人間」を育てていくわけだから、
真剣ですよね。

 

 

いろんな人がいますが、

自分の子がいるいないに関わらず

子供が成長するという視点があれば、否応なしに

次世代、次々世代・・・ずっと後の世代のことも考えるようになると思います。

それは一時的な金銭目的や、個人的な承認欲求を超えたものです。

 


子育てをがんばりながら、純粋に行動するお母さんたち。
本当に尊敬します。


やっぱり世の中は、確実に優しい方向へ向かってると感じます^^

 

いい時代(*´Д`)(2017.07.01)

 

カテゴリ:ザレゴト・ヒトリゴト | 13:59 | - | - | - |
日常と子育てから精神を探求してついに13年目!ヽ(´▽`)ノ

日常系精神修行オタク、パセリです。

 

自分でもびっくりですが、ついに干支を一周してしまいました。
飽きっぽい私がよく続いたなあと我ながら感心します。

 

いまだに、もうやめようもうやめようと葛藤するし、
実際に今年の7月ごろには全部消してしまおうと
削除ボタンを押しかけましたが、

 

探求オタクの真実への考察

 

という一連の記事を書いてなんとか続けられました。


そんな感じで、いつもギリギリなわけですが

もうこうなったらボケ防止のために続けたいと思います。

 

読んでくださってる方、
しょーもない垂れ流し記事ですが・・
貴重なお時間を、ほんと感謝ですヽ(;▽;)ノ



で、せっかく干支を一周したので
自分の変化をまとめてみよう!
なにしろ私は良くも悪くも経験をいっぱいしてるし!
そういえば2012年に書いて非公開にしていた一連の記事があるから
あれをアップすればわかりやすいな

 

と思い、
いま読み返してみたのですが・・・

 

非公開にしててよかった・・・(((( ;゚Д゚)))

 

いやもちろん嘘は書いてないし、全部本当のことなんですが

視野が狭すぎるのです。
(善良なおばかさんだったので当たり前なんですけどね)

 

確かに当時かなりアクセスが伸びたので、
必要としてくれる人は大勢いたのでしょうけど・・

 

お恥ずかしいですが・・
うんまあ・・成長してるってことですね(^^;;;)

 

これからもマイペースにやって行きます。
どうぞよろしくお願いします。ヽ(´▽`)ノ

カテゴリ:ザレゴト・ヒトリゴト | 12:47 | - | - | - |
12)中庸でしか本当に正しい判断はできない

【中庸】ーーーーーーーーーー
 
 1 かたよることなく、常に変わらないこと。過不足がなく調和がとれていること。

 

2 アリストテレスの倫理学で、徳の中心になる概念。
過大と過小の両極端を悪徳とし、徳は正しい中間(中庸)を発見してこれを選ぶことにあるとした。

 

(デジタル大辞泉より引用)
ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

人にはいろんな成長の仕方がありますが、
ひとつの形として。

 

『盲目』(知らない)
 ↓
 『気づき』(知る)
  ↓

『盲信』(狭い理解)
 ↓
 『気づき』(知る)
  ↓

『中庸』(広い理解)

 

『盲目』から『気づき』が起こると
いわゆる『ゼロが1になる』ので、ものすごく成長したように思えるかもしれません。


しかし、
盲信では正しい判断はできません。
認識や理解に偏りがあるからです。

 

ですが、


『盲信』同士が

 

お互いに尊重しあうことで

 

中庸が生まれます。

 

 

 

10)『善』と『悪』は存在する。(2019.07.19)

 

 

 

★尊重っていうのは仲良くしろ!っていう意味ではないですよ。

そんなん無理じゃんね^^;;

 

「私は『盲信』なんてしてないよ!」と思う人は

厳しいこと言っちゃいますが

ほぼ何かに『盲信』してるんじゃないかな^^;

もしかして・・と考えないからです。

 

 

おそらくは、※精神レベルの高い人※

(こういう言い方が適切なのかどうかわかりませんが、
他に良い言い方が見つかりませんので^^;;
何度も書いてますが、高いから良い、低いから悪い、ではありません。)は

 

『盲目』
  ↓
『気づき』
  ↓
『中庸』

 

と最短でいけると思います。

 

残念ながら私自身は、私の周りも含めて

『盲信』で止まってるヒトコトモノが多い気がしますので
まだまだです。(-▽-;;)は〜・・遠いわ。

 

今の世の中は、
何も知らずに『盲目』『盲信』でいられる方が幸せなのかもしれない、
ってこともちょっと思うんですよね・・。

 

赤いカプセルと青いカプセル、どっちを飲む?(2017.11.20)

 

ただやはり、最終的には『帳尻合わせ』が起こるでしょうから
対極にあるもの(善なら悪、悪なら善)に気づき、
中庸へ向かうように努力もいいんじゃないかな。

 

『アミ小さな宇宙人』愛の度数と善良なおバカさん(2017.12.18)

 

対極にあるものって、モノによってはめっちゃ怖いんですが^^;;
成長痛、って仕方のないことなんですよね。

 

 

この記事にピンときたらシェアしていただけるととてもありがたいです。

カテゴリ:探求オタクの真実への考察 | 10:46 | - | - | - |
慢心・邪心について

先日、またふらりと豊川稲荷へ行ってきました。

 

豊川稲荷千本のぼり


(例によって、これは私の妄想だと思ってくださいね^^;;)

千本のぼりの通りを歩いていると言葉が聞こえました。

 

慢心、邪心は 苦くてまずい

 

そして狐の像は「うええ〜まずっ!」という顔をして見せました。

 

そっか・・美味しくないんだ
ん?つまり純粋な魂は美味しい〜ってこと!?(((( ;゚Д゚)))
と一瞬ビビりましたが、

 

慢心や邪心を芽生えさせると、身体にとって毒になる


という意味だと思います。

 

 

この話は記事にするつもりはなかったのですが、

なぜか急に書きたくなりまして

今こうしてパソコンに向かってるわけなんですが、


『じゃしん』と打ち込みましたら

 

『邪神』

 

と変換されました。


・・そういう意味でもあったのか・・・・

 

邪心は邪神を呼び込むということなのかな。

 

 

国民的アニメのオープニングで豊川稲荷が紹介されたようです。
”稲荷だから”という理由で

商売繁盛!現世利益!をお願いする人も多いと思いますが、
どうかほどほどに^^;

 

多すぎる欲は邪神を招くかもしれません。

 


6月12日の豊川稲荷で狐さんに聞いたこと(2018.06.13)


立春によせて・・『誠実』であること。自分の器を鍛えよう!(2019.02.04)

カテゴリ:ココロとアタマ | 12:44 | - | - | - |
| 1/84PAGES | >>